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新興宗教とは

 旧来の伝統的な宗教とは異なり、新興宗教に悩みやトラブルを抱えている人が急増している理由については、「宗教トラブルとは」のページで当事務所の見解を説明させていただきました。

 それでは、そもそも、「新興宗教」とは何でしょうか。

 「新興宗教」と呼ばれるものに厳密な定義はありませんし、新興宗教と認定する制度もありません。一般的に、新興宗教とは、既成の仏教、神道、キリスト教などの伝統的な宗教や宗派と違い、文字通り新しく興った宗教のことをいいます。特に近代において、19世紀から20世紀にかけて、既成の教義や概念にとらわれない宗教や教団が多く設立されてきました。そのような比較的新しい教団の中には、「天地創造以来継続している」とか、「建国以来承継している」と主張するものがあったとしても、原則としては近代において創始者が教団を設立したときをもって新興宗教とみなす場合が多いようです。

 もっとも、新興宗教の教団や信者が「新興宗教」を名乗ることはありません。日本は伝統を重んじる国であり、宗教に関しても、「新しい」ことは、「異端」とみなされる風潮があるせいでしょう。また、日本人のほとんどは信仰心をもっておらず、マイノリティーへの差別や、そもそも「宗教など胡散臭い」と感じている人が多いことも理由に挙げられるでしょう。日本人の場合、神や仏にすがるよりも、自分の心の中に神や仏がいるので、自分の考えや信念に従うことの方が立派であると考える人が少なくありません。

新興宗教の特徴とは

 新興宗教の特徴としては、前述のとおり、旧来の教義にとらわれないことが挙げられます。

 新興宗教の中には、仏教や神道、キリスト教の教えを採り入れているとされるものも多いですが、実際には、そのような伝統的な教義や聖典よりも、教祖や教団への信仰や忠誠を求められることが多くあります。

 そしてそのことが、教団内部での軋轢や、信者自身の良心との葛藤を生み出している原因と考えられます。

 また、新興宗教の信者は、他の宗教の信者や宗教を信仰していない者に対して優越感を抱きやすく、「自分たちだけが正しいことを行なっている」「自分たちだけが救われる」「自分たちの教義を受け入れない者は救われない」との考えをもつ場合が少なくありません。そのような考えは、結果として、教団内部では強力な仲間意識を生じさせ、高い結束力を生み出しますが、反面、信者以外の意見を聴かなかったり、見下したりする傾向を生みます。

 このような理由により、教団内部で不正があったり、不公平があったり、差別があったりしたとしても、教団外の人の客観的に意見を求めるということが許されず、精神的に深刻な悩みを抱える人が多くいます。

 購入した商品に不満があればそれを廃棄すれば済む話ですが、宗教の場合あまりにも人生に深くかかわっており、また、「この教団を離れたら自分は不幸になる、決して救われない」との教義を徹底的にたたき込まれているため、簡単に宗教を捨てることができないというのが現状です。

 実際にインターネット上では、現に自分が属している教団に対して、あからさまな批判を述べる信者が多いものです。信者でありながら教団内部でしか知り得ない情報を、批判的なホームページや掲示板により労苦を惜しまず提供している人は非常に多くいます。それらの人たちは、宗教を「やめたくても、やめられない」状況にあるのです。そのような葛藤を教団内部で解消する場がないため、匿名のホームページやブログ、掲示板上で、他の人の賛同を得ることにより気持ちを落ち着かせようとしているのです。

宗教は有益なものであるか

 しかしながら、伝統的であるか新興であるかに関わらず、宗教を信じることには益があります。

 現代において、多くの人は、「誰も見ていなければよい」「ばれなければよい」という生き方をしています。一方、宗教を信仰している人は良心が比較的よい状態に保たれているために、悪いことをすることへの自制心が働きます。こういった意味では、宗教を信じておらず、または、自分の確固とした信念をもっていない人は、人間本来の「自分さえよければよい」「楽をして生きたい」という思いに流されやすく、生き方も思いも不安定になりがちです。

 また、宗教を信じていたり、自分の信念を持っていれば、自分や家族が突発的に不幸に見舞われたり、世の中の不穏な状況を目にしても、さほど失意から抜け出せなくなったり、恐怖に駆られたり、動じることがなくなります。実際に信仰心のある人や、信念を持っている人と話すと、その考え方の積極性には驚かされることも少なくありません。

 つまり、宗教を信じることは、自分を救うことにもなれば、破滅に至らせることにもなります。ですから、話し相手や「奇跡」を信じて安易に宗教に入信するのではなく、どの宗教が正しく、有益な宗教であるかを時間をかけて学んでいくことが必要です。

 宗教に関するトラブルや事件がこれほど多く報道される現代において、特定の宗教にとらわれない客観的な立場での宗教教育を、義務教育の現場で学ばせるべきであると思います。宗教に全財産を捧げて生活苦になってしまったり、配偶者や子供のための時間がまったくとれなくなってしまい家庭が崩壊してしまったり、自分の信仰の実践のために他の人の権利を奪ってしまうような状況にならないためにも、日ごろから宗教に関する誤った先入観だけでなく、真の宗教を見分ける力を養っていきたいものです。

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